| 企画展・特別展のご案内 |
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| 企画展・特別展のご案内 |
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| 個人 | 団体(5名以上) | |
| 大人 | \500 | \400 |
| 高校生 | \300 | \250 |
| 小・中学生 | \200 | \150 |
| ≪企画展『絵地図で見る長崎の変遷』≫ 開催期間:2025/11/01 ~ 2026/03/16 開催中 | | ||||||||||||||||||
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元亀2年4月27日(1571年5月30日)ポルトガル船2隻が初めて長崎に入港しました。 それから450年、長崎の港は幾多の変遷を重ねて、現在の長崎港へと発展していきます。 天正8年(1580)には大村純忠が長崎6町と茂木をイエズス会に寄進。 4年後、有馬晴信が浦上をイエズス会に寄進。長崎はキリシタンの町として発展していきます。 慶長2年(1597)頃からは、大川(中島川)沿いの田畑が拓かれ、また新しく埋立てが行われるなど、新しい町が次々と生まれていきます。 寛永13年(1636)ポルトガル人を収容するための出島が完成。元禄15年(1702)には新地蔵が完成するなど、港の形も少しづつ変わっていきました。 享保15年(1730)から埋立てが始まった浦上新田の造成では、長崎港の形状が最も大きく変わることとなりました。 幕末になると、開国により長崎は大浦・下り松・梅ヶ崎が居留地として埋め立てられ、港にはアメリカ、イギリス、フランス、ロシア等の艦船が入港して賑わいました。 明治に入ると、第1次、第2次の港湾改良工事が行われ、現在の長崎駅付近が埋立てられ、出島が陸続きになるなど、港の形状も大きく変わりました。 その後も長崎港の埋立ては続き、現在の長崎港へと少しづつ変化していきました。 今回の企画展では、江戸時代はじめからの地図・絵図・写真や資料等を、時代を追って展示していますので、長崎の港の変遷が手にとるように分かるようになっています。 是非、この機会に長崎の港の移り変りと共に、長崎の歴史、また、そこに生きた人々の生活に触れてみてはいかがでしょうか?
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